こんにちは、漫画おもしろ天国のゆうです。
『3月のライオン』を読んでいると、「なぜ将棋漫画なのに3月なの?」「タイトルのライオンは誰を指しているの?」と気になりますよね。
作品を読み進めても、題名の意味がひとつのセリフで明確に説明されるわけではありません。そのため、タイトルと物語がどうつながっているのか、少し分かりにくいと感じる方も多いかなと思います。
先に結論を言うと、『3月のライオン』というタイトルには、イギリスのことわざ、将棋の順位戦、同名映画、作中の町と橋という複数の意味が重なっています。
それぞれを知ると、桐山零の孤独や棋士たちの激しい戦いだけでなく、作品全体が描いている「痛みからの再生」というテーマまで見えやすくなりますよ。
- 3月のライオンという題名の基本的な意味
- なぜ3月とライオンが選ばれたのか
- 将棋の順位戦や同名映画との関係
- 六月町と三月町に込められた意味
この記事の結論
「3月」は厳しい冬から穏やかな春へ移る途中の季節を、「ライオン」は嵐のような苦しさや、勝負に挑む棋士の闘争心を表していると考えると、作品全体の構造が分かりやすくなります。
3月のライオンの意味を先に解説

まずは、「3月のライオンの意味を簡単に知りたい」という方に向けて、タイトルの全体像を整理します。
題名の由来はひとつだけではありませんが、中心にあるのは荒々しい状態から穏やかな状態へ変化していくことです。

| タイトルの要素 | 主な意味 | 物語とのつながり |
|---|---|---|
| 3月 | 冬から春へ変わる途中の季節 | 零が孤独から温かな居場所へ向かう過程 |
| ライオン | 嵐、強さ、闘争本能 | 棋士の勝負や零の荒れた心 |
| 子羊 | 穏やかさ、安心、温もり | 川本家との食卓や人とのつながり |
| 橋 | 異なる世界を結ぶ境界 | 六月町から三月町へ向かう零の変化 |
なぜ3月なのかを簡単に整理
3月が選ばれた最大の理由は、冬の厳しさと春の穏やかさが同じ月の中に存在するからです。
3月の初めは、寒さや強い風が残ることがあります。一方で月末に近づくと、日差しが柔らかくなり、少しずつ春らしい空気に変わっていきます。
この変化は、主人公の桐山零が歩む道とよく重なります。
物語の序盤にいる零は、幼い頃に家族を亡くし、引き取られた幸田家でも自分の居場所を見つけられません。プロ棋士として生活できていても、心の中には冷たい冬が残っています。
そんな零が川本家の三姉妹、林田先生、二海堂晴信、島田開などと関わることで、少しずつ人とのつながりを取り戻していきます。
つまり3月とは、すべての苦しみが終わった春そのものではありません。まだ寒さは残っているけれど、確実に春へ向かい始めている時期です。
零も同じですよね。急に傷が消えたり、明るい性格に変わったりするわけではありません。それでも誰かと食事をし、心配し、守りたいと思えるようになっていきます。
この「回復の途中にいる」という感覚こそ、3月という季節が選ばれた大きな意味だと私は感じています。
◆ゆうのワンポイントアドバイス
『3月のライオン』は、つらい状態から一気に立ち直る物語ではありません。少し笑える日が増えたり、誰かの家へ帰りたいと思えたりする、小さな変化を積み重ねる作品です。だからこそ、満開の春ではなく、冬と春の間にある3月がよく似合うんですよ。
なぜライオンなのかを簡単に整理
ライオンには、主に二つの意味があると考えられます。
ひとつは、3月初めの荒々しい天候を表すライオンです。強い風や寒さが残る様子を、ほえる獅子に重ねています。
もうひとつは、勝負の世界で生き残ろうとする棋士たちの姿です。
作中の棋士たちは、盤の前に座ると相手を倒すために読みを重ねます。普段は優しい人物であっても、対局中は自分の生活、立場、誇りを懸けて戦わなければなりません。
特に順位戦の最終局が近づく3月は、昇級や降級が決まる重要な時期です。棋士たちは追い込まれた状況で、まるで獲物を狙うライオンのような集中力を見せます。
ただし、ライオンを特定の一人だけに当てはめる必要はありません。
桐山零だけでなく、島田開、後藤正宗、宗谷冬司、二海堂晴信など、苦しみながらも盤の前に座り続ける棋士全員がライオンになり得るからです。
同時に、零を内側から苦しめる孤独や過去の記憶も、制御できない嵐という意味でライオンに重なります。
タイトルのライオンは、強くて格好いい動物というだけではありません。恐ろしさ、荒々しさ、必死に生き残ろうとする本能まで含んだ言葉なんです。
タイトル由来は英国のことわざ

『3月のライオン』という題名を理解するうえで、最初に押さえておきたいのが英語圏で知られることわざです。
作品では英題として「March comes in like a lion」が使われており、タイトルの直接的な土台になっています。公式サイトでも同じ英題を確認できます(出典:TVアニメ「3月のライオン」公式サイト)。
ライオンのように来る3月
英語圏には、次のようなことわざがあります。
March comes in like a lion and goes out like a lamb.
日本語では、「3月はライオンのようにやって来て、子羊のように去っていく」という意味です。
3月初めの荒れた天候をライオンに、月末の穏やかな春の陽気を子羊に例えています。

冬が終わったと思っても、3月上旬には冷たい風が吹いたり、急に気温が下がったりすることがあります。その予測しにくい激しさが、ほえるライオンを思わせるわけです。
作品の冒頭にいる零も、落ち着いた状態とは言えません。
表面上は静かに暮らしていますが、心の中では過去の記憶や罪悪感が荒れ続けています。幸田家の実子たちから居場所を奪ったのではないかという思いを抱え、自分が勝つことで誰かを傷つけてしまうと考えています。
自分から人を拒絶しているように見えて、実際には拒絶されることを恐れている状態です。
音のない部屋で静かに暮らしていても、零の内面ではライオンのような嵐が吹いている。この外側の静けさと内側の激しさの違いが、『3月のライオン』らしい部分ですよね。
星座に由来するという説について
このことわざを、3月の空に見える獅子座や牡羊座と結び付けて説明する説もあります。ただし、作品タイトルの中心的な意味としては、まず荒れた天候から穏やかな春へ変化することわざの意味を押さえるのが分かりやすいです。
子羊のように去る春の意味
『3月のライオン』という題名にはライオンしか入っていませんが、元のことわざには後半があります。
それが「子羊のように去る」という部分です。
子羊は、柔らかさ、穏やかさ、無防備さ、温もりを連想させる存在です。作品の中でこの役割を担っているのが、川本家の三姉妹と温かな食卓だと考えられます。
川本家では、あかりが作った料理をみんなで囲みます。からあげ、カレー、手巻きずし、お菓子など、食べ物の描写がとても丁寧なのも本作の特徴です。
これは単なる飯テロではありません。
誰かが自分のために食事を作ってくれること、同じテーブルを囲むこと、食べ終わった後もそこにいてよいと思えること。零が失っていた「家族の感覚」が、食卓を通して少しずつ戻ってくるんです。
ライオンのような勝負の世界から帰ってきた零を、子羊の毛のような柔らかい空気が包みます。
ただし、川本家も完全に平和な家族ではありません。母親と祖母を亡くし、父親に傷つけられた過去を抱えています。ひなたはいじめに遭い、あかりも家族を守ろうとして無理を重ねています。
それでも三姉妹は、痛みを知っているからこそ、他人の痛みを見過ごしません。
傷ついた人が、別の傷ついた人を温める。
この関係が、ことわざの後半にある「子羊」の意味と重なります。
作品に対する賛否や重い描写について気になる方は、『3月のライオン』が気持ち悪いと言われる理由と作品の魅力も参考にしてください。
将棋の順位戦と3月の関係

3月という月は、季節だけでなくプロ将棋の世界でも重要な意味を持っています。
『3月のライオン』が将棋漫画であることを踏まえると、順位戦と3月の関係は外せません。
棋士がライオンになる最終局
順位戦は、名人への挑戦権や棋士の所属クラスに関わる重要な棋戦です。
A級、B級1組、B級2組、C級1組、C級2組に分かれ、長い期間をかけて対局が行われます。年度によって日程には違いがありますが、一般的には初夏に始まり、翌年2月から3月頃に最終局を迎えます。
成績上位者は昇級し、成績下位者は降級や降級点の対象になります。A級では、優勝者が名人への挑戦者となります。
プロ棋士にとって順位戦は、単に一つの大会へ参加するという話ではありません。
所属クラスは対局料や仕事、評価にも関わります。昇級できるか、残留できるか、降級してしまうかによって、その後の棋士人生が大きく変わる可能性があります。
その結果が決まる最終局では、普段は穏やかな棋士も必死になります。
本作の将棋監修を務める棋士・先崎学九段も、単行本の将棋コラムで、3月の最終局に昇級や降級を懸けた棋士はライオンになるという趣旨を語っています。
つまり「3月のライオン」とは、順位戦の最終局で生き残るために牙をむく棋士の姿でもあるんです。

勝ちたいという気持ちだけでなく、負けたくない、落ちたくない、ここに残りたいという切実な思い。それが盤の上に現れます。
零が戦っている相手も、倒されるために登場する悪役ではありません。相手にも生活があり、家族がいて、負けられない理由があります。
だから本作の対局は、勝った側だけを素直に祝えないことがあります。零が勝つほど相手の苦しさも見えてしまう。この残酷さが、一般的な成長型の勝負漫画とは少し違うところです。
将棋界の一番長い日との重なり
A級順位戦の最終局は、「将棋界の一番長い日」と呼ばれてきました。
A級に所属できるのは、プロ棋士の中でも限られたトップ棋士です。その最終局では、名人挑戦権と残留、降級を懸けた対局が同じ日に行われます。
持ち時間が長く、対局が深夜に及ぶことも珍しくありません。自分の対局結果だけでなく、ほかの棋士の勝敗によって順位が変わる場合もあります。
自分が勝っても残留できるとは限らず、負けても別の結果によって助かる可能性がある。そんな緊張感の中で、棋士たちは最後まで盤に向かいます。
作中でも、島田開が体調を崩しながら対局へ向かう場面や、棋士たちが精神と体力を削りながら一手を探す姿が描かれます。
華やかな必殺技や派手な演出ではなく、胃の痛み、手の震え、睡眠不足、孤独といった現実的な苦しさが見えてくるんですよね。
零は中学生でプロになった天才ですが、将棋を好きだから一直線に進んできたわけではありません。
生きるために将棋を選び、居場所を得るために勝ち続けてきました。そのため物語の序盤では、自分がなぜ将棋を指しているのかさえ見失っています。
そんな零が、二海堂や島田たちとの対局を通じて、少しずつ自分なりの戦う理由を見つけていきます。
生きるために戦うライオンから、誰かと未来を歩くために戦う棋士へ。
この変化まで考えると、タイトルの意味が物語とともに深くなっていくのが分かります。
順位戦の日程や制度は、年度によって変更される場合があります。最新の日程、所属クラス、昇級・降級条件などの正確な情報は、公式情報をご確認ください(出典:日本将棋連盟「順位戦について」)。
映画版から受けたタイトル着想

『3月のライオン』の題名を調べると、矢崎仁司監督による同名映画『三月のライオン』との関係も出てきます。
将棋を題材にした2017年の実写映画ではなく、1990年代に公開された別作品です。漫画と物語上のつながりはありませんが、タイトルを考えるうえで重要な存在とされています。
人生の中の三月という考え方
矢崎仁司監督の映画『三月のライオン』は、記憶を失った兄と、自分を恋人だと偽る妹の危うい関係を描いた作品です。
羽海野チカ先生は、この同名映画のタイトルやポスターに惹かれたことを、漫画の題名を考えるきっかけの一つとして語っています。
ここで大切なのは、漫画版が映画版の物語をそのまま下敷きにしているわけではないという点です。
登場人物、設定、物語は別物です。ただし、言葉が持つ印象や、孤独な人物が誰かとの関係を求める空気には、響き合う部分があります。
矢崎監督は映画について、1年の中の3月だけでなく、人間の一生の中にも3月のような時期があるという考え方を示しています。
人生の中には、何をしてもうまくいかないように感じる時期があります。先が見えず、冷たい風にさらされ、自分だけが取り残されたように思う時期です。
しかし、それは人生のすべてではありません。
花が咲く前に嵐が来るように、つらい時期の先に新しい季節が待っている可能性があります。

この考え方は、桐山零の物語とよく重なります。
零にとって中学生から高校生にかけての時間は、まさに人生の中の3月です。家族を失った痛みも、幸田家で抱えた罪悪感も、すぐには消えません。
それでも川本家と出会い、二海堂と競い合い、ひなたを守りたいと思うことで、零の人生に少しずつ春の気配が入ってきます。
あなたにも、「あの頃は人生の冬だった」と後から振り返る時期があるかもしれません。
『3月のライオン』は、冬の中にいる人へ無理に「頑張れ」と言う作品ではありません。隣に座り、温かいご飯を出し、春が来るまで一緒に待ってくれるような作品です。
◆ゆうのワンポイントアドバイス
タイトルの意味を知ってから読み返すと、零の部屋、川本家の食卓、橋を渡る場面の見え方が変わります。将棋の勝敗だけを追うのではなく、「今の零は人生のどの季節にいるのか」と考えながら読むのもおすすめですよ。
六月町と三月町が示す意味

『3月のライオン』では、登場人物が暮らす場所の名前にも意味が込められています。
零が一人で暮らす六月町と、川本家が暮らす三月町。二つの町を結ぶ中央大橋は、物語の象徴的な風景です。
中央大橋は孤独と救済の境界
桐山零のマンションがあるのは六月町です。
部屋には生活に必要なものが少なく、空間全体が冷たく描かれています。誰にも邪魔されない場所ではありますが、安心して帰る家というより、ただ眠るための空間に近い印象です。
一方、川本家が暮らしているのは三月町です。
そこには、あかり、ひなた、モモ、祖父の相米二がいて、食卓には温かい料理が並びます。にぎやかで、ときには騒がしく、誰かが誰かを心配しています。
二つの町の間には隅田川があり、中央大橋が架かっています。
零は川本家へ行くたびに、この橋を渡ります。
物語における川や橋は、異なる世界を分けたり、結び付けたりする象徴として使われることがあります。
『3月のライオン』の場合、六月町は孤独や戦いに近い場所、三月町は人とのつながりや回復に近い場所として見ることができます。
零が橋を渡る行為は、単なる移動ではありません。
一人で閉じこもる世界から、誰かと食事をする世界へ踏み出す行為でもあります。
将棋の順位戦が初夏頃に始まり、冬の終わりから3月頃に大きな節目を迎えることを考えると、六月町から三月町へ向かう流れにも意味を感じます。
六月は長い戦いが始まる場所であり、三月は苦しい戦いの終点と、新しい春が始まる場所です。

もちろん、町名と順位戦の関係について、作中ですべてが明言されているわけではありません。そのため、作者が示した確定情報と、作品を読んだうえでの解釈は分けて考える必要があります。
それでも、零が何度も中央大橋を渡る姿を見れば、二つの町がただの背景ではないことは伝わってきます。
序盤の零は、川本家に誘われなければ橋を渡りません。しかし物語が進むと、自分の意思で三月町へ向かい、ひなたたちの問題に関わるようになります。
助けられるだけだった少年が、誰かを助ける側へ回っていく。
中央大橋は、その成長を静かに見守る場所なのかもしれません。
舞台のモデルについて
六月町は東京都中央区の新川周辺、三月町は佃・月島周辺が主なモデルとされています。中央大橋は実在する橋で、新川と佃を結ぶ斜張橋として中央区公式サイトでも紹介されています(出典:中央区「マップ表示用:京橋地域」)。
物語の続きや現在の刊行状況も確認したい方は、『3月のライオン』最新刊18巻の発売日とあらすじもあわせてご覧ください。

DMM TVで作品テーマを再確認

タイトルの意味を知った後は、アニメ版で物語を見返すのもおすすめです。
アニメでは、零のモノローグ、川の流れ、中央大橋、空っぽの部屋、川本家の食卓などが、映像と音で丁寧に表現されています。
漫画では自分のペースで言葉を味わえますが、アニメでは零の孤独と川本家の温かさの違いが、色や音の変化として伝わってきます。
特に注目したいのは、零が六月町から三月町へ向かう場面です。
橋を渡る時間、川面の光、町の明るさ、川本家へ入った後の会話まで見ると、「場所を移動すること」が零の心の変化と結び付いていることが分かります。
DMM TVでは、2026年8月2日時点でアニメ『3月のライオン』第1シリーズの作品ページが公開されています。
DMM TVで確認したいポイント
タイトルの由来を意識しながら、零の部屋と川本家の色合い、中央大橋を渡る場面、対局中と食卓の音の違いに注目してみてください。初見とは違う作品に感じられるかもしれません。
DMM TVでアニメ『3月のライオン』を確認する
>>DMM TV
DMM TVの月額料金、無料体験、見放題対象、配信話数、配信終了日は変更される可能性があります。
登録前には、作品ページに「見放題」と表示されているか、希望するシリーズが配信されているかを確認してください。
アニメ第2シリーズの続きや第3シリーズの状況も知りたい方は、『3月のライオン』アニメ3期の可能性と原作範囲も参考にしてください。
漫画をどこで読めるかも比較したい方は、『3月のライオン』を読める電子書籍サービス比較で詳しく解説しています。
本記事内の料金や配信状況は、確認時点の情報をもとにしています。正確な情報は公式サイトをご確認ください。契約内容や支払いについて大きな不安がある場合は、利用規約を確認し、最終的な判断は専門家にご相談ください。
3月のライオンの意味FAQ
- 3月のライオンという題名の意味は何ですか?
-
英語圏のことわざ「3月はライオンのようにやって来て、子羊のように去る」が基本的な由来です。荒々しい冬の終わりから穏やかな春へ変わる様子が、桐山零の孤独から再生へ向かう物語と重なっています。
- 3月のライオンはなぜ3月なのですか?
-
3月は冬の寒さと春の温かさが入れ替わる時期だからです。また、プロ将棋の順位戦が最終局を迎え、昇級や降級が決まる重要な時期でもあります。季節の変化と棋士の勝負という二つの意味が重なっています。
- ライオンは桐山零を表しているのですか?
-
零だけを指していると限定する必要はないかなと思います。ライオンは零の荒れた心を表すと同時に、順位戦で生き残るために戦う棋士たち全体の闘争心も表しています。島田、二海堂、後藤、宗谷など、盤の前に座る棋士全員に重なる言葉です。
- 同名の映画と漫画は同じ物語ですか?
-
同じ物語ではありません。矢崎仁司監督の映画『三月のライオン』は、記憶を失った兄と妹の関係を描いた別作品です。ただし、羽海野チカ先生が漫画のタイトルを考えるうえで、同名映画の題名やポスターから着想を得たことが知られています。
- DMM TVで3月のライオンを見られますか?
-
2026年8月2日時点では、DMM TVにアニメ第1シリーズの作品ページがあります。ただし、見放題対象、配信シリーズ、無料体験、料金は変更される可能性があります。視聴前にDMM TV公式サイトで最新の配信状況を確認してください。
3月のライオンの意味まとめ
『3月のライオン』のタイトルには、ひとつの答えだけでは説明できない複数の意味が込められています。
- 元になったのは3月の天候を表す英語圏のことわざ
- 3月は荒々しい冬から穏やかな春へ変わる途中の季節
- ライオンは嵐のような苦しみや棋士の闘争心を表す
- 順位戦の最終局では昇級や降級を懸けて棋士が戦う
- 同名映画のタイトルや人生の中の三月という考え方も重なる
- 六月町と三月町を結ぶ中央大橋は孤独と救済の境界に見える
- 子羊の穏やかさは川本家の食卓や人の温もりにつながる
3月は、完全な冬でも完全な春でもありません。
冷たい風が残る中で、少しずつ日が長くなり、花が咲く準備が始まる季節です。

桐山零も同じように、物語が始まった瞬間から救われるわけではありません。過去の傷を抱えたまま、誰かと食事をし、誰かを大切に思い、自分が帰りたい場所を見つけていきます。
ライオンのような嵐の中にいても、その先には子羊のような穏やかな春が待っているかもしれない。
タイトルの意味を知ると、『3月のライオン』は表面的な将棋漫画ではなく、一人の少年と周囲の人々が人生の季節を乗り越えていく物語だと分かります。
あなたは、今どの季節にいると感じますか。
一度読んだことがある方も、題名に込められた意味を意識しながら読み返してみてください。零が中央大橋を渡る一歩や、川本家の食卓に座る場面が、以前よりも深く心に残ると思いますよ。



